2016年07月24日

インディペンデント観劇

DSC_0159.JPGDSC_0156.JPG今日7/24(日)、思いの外稽古が早めに終わったので、思い立って王子小劇場へインディペンデントジャパンツアーを見に行ってきました。

インディペンデントとは、大阪の小劇場インディペンデントシアターが主催する一人芝居フェスティバルで、今回は僕も出させていただいた第11回目から第15回目までの5年間・約60作品の中からの選りすぐりで全国を回るという企画。東京公演の最後のブロック4作品を見ることができました。

大阪で何度もイベントで共演したきよみちゃんの芝居。楽曲協力にむんむと松本さんの名前が。確か俺が出た翌年のインディペンデント?あのときは途中からしか見ることができなくて。
演劇の再演って素敵だなと思いました。
映像と違い、本人は年齢を重ねています。
フェスティバルでは、ほぼほぼ初演の演目が、時を重ねて安定感を強め、また演者自身の成長が時を越えて伝わってくる。
色々なものを思い出しながら見ていました。

続く河口仁くんの一人芝居。脚本はジローさん。とってもとっても面白かった。
共にはじめてお会いしたのは5年以上前のこと。
あの頃、関西の小劇場は30代前半くらいの人で回ってるようなイメージがあったのだけど、俺も頑張って成長しているように、みんなもどんどん成長しているんだなと、勝手にしみじみ。

残る2作品も素晴らしかったです。

一人芝居、細かくてエネルギーが必用で、本当に大変な作品。
東京のお客さんが、声をあげて笑い、前のめりになり、幕間に口々に「すごいね」と呟いている。

ジャパンツアーはまだまだ続きます。
仙台、福岡、札幌、三重、沖縄
みなさん、ぜひぜひこの興奮を体験してくださいませ。

みなさん、東京公演、お疲れ様でした!
posted by 青山郁彦 at 22:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月23日

年越しました?

DSC_0148.JPG1469200393978.jpgDSC_0151.JPG誕生日迎えましたーー!!
ありがとうございます!!

新しき我がホーム、東京中目黒は祐天寺にて、サプライズで祝ってもらいました(*^^*)
嬉しいです。

おぎゃーーー!!
皆様、41になりました!
今年もよろしくお願いいたしますきらきら
posted by 青山郁彦 at 14:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月22日

一年を振り替える

(超 長文!!)

さてさて、ただいま時刻は21時。
本日も残すところあと三時間をきったわけですが、
今日という日は、僕自身にとっては大晦日みたいなもの。
気ぜわしく過ごしているせいか、例年に比べ自分自身が忘れてしまいそうな感じなのですが、時間ができたので恒例の一年間を振り返ってみたいと思います。

去年の誕生日7/23は、声帯手術からの復活ステージでした。
京都福知山でのランチショー。手術からまる一か月。初めて人前で大きな声を出す。ドキドキの公演でした。終演後、お客様からバースデーの唄と花束と。
その夜は北加賀屋でドラマの打ち合わせ。ここでもキャストスタッフの皆様に祝っていただき、演者青山郁彦として本当に再スタート、誕生の一日でした。

そしてバリバリと再発進すること約10日。
まりふりかまわず落ち込みまくったあの日が突然やってきました。僕自身、こんなにも自分が崩れてしまうものなのかと信じられませんでしたが、体は震え、呼吸を拒絶し、もうだめだと。
が、スケジュール帳を見直すと、毎日ちゃんとやってるんですね。打ち合わせにワークショップに観劇に舞踊ショー、なんとトランポリンまで習いにいってる。もちろん事前に予定を組んでいたからですが、なんだかね、本当にそんな状態だったの?というスケジュール帳。極度の落ち込みから俺を救ったのは、すごい落雷。「怖い!死にたくない!!」って思ったの。なんだ、まだ自分に未練あるじゃんて!
この1週間で、東京へ出てくることを決意。翌週に1週間東京へ滞在している。
元々プライベートの予定だった上京が、一変して東京リサーチの日々となり、偶然大学同期の集まりがあったり、高校の先輩と20年ぶりの再会をしたり、超絶ジャズメンとお話したりとターニングポイントありまくりの1週間。

そして9月、大衆演劇1か月公演。千葉県九十九里太陽の里。
夏前の気持ちとしては、東京にほど近いこの千葉の公演。役者青山として、なにかしら成果を掴もうという意気込みであったのですが、そんな状態ではありませんでした(笑)
個人的な心の不安定なんて構う隙のない大衆演劇激戦区。若手中心で戦力的にも大変。副座長としてなすべきことはと、心の面でも本当に勉強させていただきました。お客様に支えられた1か月です。

10月。上京へ向けて動き出します。
これまで地元で空いた時間は勉強や一人芝居創作などに充てていたのを、引っ越しを見込んで約8年ぶりにアルバイト。対馬と長崎でもパフォーマンスと一人芝居をさせていただきました。北加賀屋ではダンサーやエアリアル、子供たちとの共演「コドモマイクロオペラ」で北加賀屋の歴史をアートで表現するステージに立たせていただきました。
なにより、企画発案から公演まで1か月なかった、青山郁彦ソロアクト。
東京へ行く前に大阪できちんと劇場を借りて一人芝居をしようと、僕を育ててくれた北加賀屋のカナリヤ条約で2日間2公演を実施。100名のお客様が劇場へ駆けつけてくれました。(この時点で、引っ越し時期は決めていたが、東京のどのあたりに住むなどまだまだ白紙)

11月。東京大阪3往復というこれまた引っ越しの為のスケジュールではないかという奇跡。仕事で東京行くたびに不動産屋へ。
また大阪を離れる前に殺陣ワークショップのメンバーに何かステージをと、施設の慰問公演を決定。稽古期間も極少という中、1時間の殺陣のショー。施設の方もとても喜んでいただき、メンバーも手ごたえあったでしょう。僕もきちんと土産を渡せたと思いました。

そんな中、月に一度の大阪で殺陣指導をというお仕事をいただく。ジャカジャカ忍者忍班である。不思議なものである。ありがたく今でも指導は継続している。
また、11/1のソロアクトの写真を使ってカレンダーを作ろうという企画が立ち上がる。年越しまでもう何日もない!!これまた急ピッチで企画が進む。

ハワイ公演以来、顔を合わすタイミングのなかった書道の梅径先生一家とも、来日した和太鼓奏者ケニーエンドウさんのコンサートで再会。再びご縁を繋げてくれた。
関西での色々なものが精算されていきます。

一方、日俳連アクションライセンス認定会のアシスタントを務めたり、東京での舞台を観劇させてもらったり、モードがどんどん東京へ。沢先生傘寿祝賀パーティーというのもありました。そして全国座長大会。

無理やりなスケジュールですが、引っ越す前にもう一度!と、新島愛一朗さんのお店「春」での時代劇役者居酒屋にも入らせてもらいました。

12月、引っ越し前の関西でのラストステージ。5日にエキセントリックナイト。ベリーダンスのショーである。そして7日。1年間以上温め続けてきた殺陣ユニット「舞武」の初舞台。和バンドのAKARAとのコラボレーションでした。初陣とともに片割れが東京へ。いやおうなしに「舞武」は関西だけで収まる器ではなくなったという証。「舞武」ユニットは着実に動いています。
8日に最後の殺陣工房稽古会を行い、9日に愛一朗さんの「なにわ役者祭」を観劇。10日より東京住まいに。
東京へ行こうと思いついてからほぼほぼちょうど4か月。どう振り返ってもこんなにスムーズに移行できるスケジュールはここしかなかったと思います。これも一つの必然か。

まずは全く準備なしの東京一人暮らし。
生活用品を整えつつ、とりあえずの生活を維持するためにアルバイトを探し、同時に活動開始できる材料を探す。
年内はその作業で終えていきました。あぁ、俺、頑張ってたなぁ。

明けて2016年。元旦。
大晦日夜23時に市谷亀岡八幡宮へ。
神社境内にて年明けの太鼓に合わせて火吹き。俺の新しい1年が始まった。縁起が良すぎる!表現者青山郁彦東京での初舞台である。
元旦はずーっと神社境内にて南京玉すだれ。
1月2日は秋葉原にて忍者ショー。おおまかな構成、演出も担当させてもらった。役者として東京での初現場だ。
1月5日。東京で初めての殺陣ワークショップ。とにかく看板をあげることに意味がある。スタートした、俺の東京!
1月10日。豊島体育館にてパフォーマンス。ここも新しいご縁で感謝!!
1月13日。新宿のライブハウスで一人芝居上演。東京での初公演も済ませました!
数年ぶりに滋賀県で伊勢太神楽にも参加させていただく。これも新しい流れだ。
予告通り、大阪での殺陣工房稽古会・WSも開催できた。
動きだした感満載の1月だ。

2月大衆演劇和歌山県。
神山大和君という新しい副座長を迎え、昨年9月の孤独な戦いと打って変わった日々となった。若くてキャリアのある大和君の参加で、劇団のバランスも変わってくる。40になった俺は、お客様には年齢を言うなと劇場からは言われるが(笑)、楽屋では大人として成長していかなくてはいけないと思い始めた公演。

3月大衆演劇新潟県。
なかなか集客の難しい小屋。必死だったからか、記憶がとても曖昧です。日々、頑張ってました。
途中、関西にて母校での殺陣の授業や、なかもずグリークラブコンサートにてピエロを演じた(本日その動画が届きました!!)また、埼玉県川越では小江戸川越江戸の日と題して街頭時代劇を。町の皆様もみんなかつらと着物で、町がまるまる江戸時代に。峰珠都さんの地元を愛する気持ちが導いた素敵な1日でした。

4月。ベニスの商人の稽古。3時間かけて入間の稽古場へいき、稽古終わりでダッシュで電車に乗り込み20時から23時半まで新宿でアルバイトという毎日。これまでどんなにありがたい環境で創作をさせてもらってきたか、身を以て感じられる大切な1っか月。このやり方では続かない。でもこのおかげで生活は維持できる。ある意味とても充実していた1か月でした。本当に舞台稽古以外何もできなかった!
大阪で上演した「古事記」関東での再演の動きがあります。楽しみ!!
そして、群馬県で上州真田武将隊への指導が始まりました。

5月。ベニスの商人とつむぐこまひと。
東京で大切な仲間が沢山できました。(そのうち2人は今スコットランドにいますが)
どちらも演者として燃焼しきることができる作品、配役をいただき、果報者であります。
どちらも言葉に語りつくせぬ思いが沢山詰まった公演でした。

6月。大衆演劇、名古屋公演。
だんだん記憶に近くなってきました。
大変でした。頑張りました。はい。めっちゃ頑張りました。1か月ほとんど夢遊病みたいな感じで、まだちょっとうまく振り返られません(笑)
途中1日、兵庫県で東谷ズムに出演。新作一人芝居と殺陣のショーを上演させてもらいました。こうして考えると、突発的な状況にも関わらす、新作まで作らせてもらってるんですね、俺。苦しい中ですが、製作して本当に良かった!

7月。今月です。
関西にて離れた親のありがたさを感じるようになり、WSで伝える内容も変わってきたなと感じるこの頃。9月のコンサートの打ち合わせやWS,一人芝居などの企画、上州真田武将隊、自分一人ではない活動が増えてきている実感があります。
そして、この半年、まるまる1カ月留守にしたり、夜20時からとか無謀な予定でも受け入れてくれていたバイト先が、本社の方針変更で今月いっぱいでおしまいになることになりました。(先日見に行った芝居も同じような場面があったなぁ!)
勢いでやってきた東京。ご縁と勢いと成り行きでここまで生活できたことに本当に感謝。
でもこのままのやり方では、この先10年はやっていけないぞと、新しい道の開拓を迫られているのだ。
節目である。

喉の手術の再起から始まった40歳。大阪から東京へ旅立ち、その活動の1シーズンが終わるのだ。
41歳から始まる2シーズン。より大きく、より豊かに。力を抜いて、しっかりと立って、進んでいきたいと思います。

皆様今年もありがとうございました。
長文拝読、ありがとうございます!
posted by 青山郁彦 at 22:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする