2015年08月13日

過去の観劇「写楽」

過去の観劇 「写楽」

北海道登別の頃だと思う。
短大の専攻科という過程に進んだ同期達の公演がありました。写楽を題材にしたお芝居でした。

2年間短大に通い、特技習得という道を選んだ俺。専攻科に進んだ彼らは、俺にとって王道を突き進んでいった仲間達、そんな気がしていました。
ワクワクとドキドキが混じりながら大学前へ行ったのを覚えています。

舞台は、圧倒されました。
大胆な構図がそのまま立体化したような舞台装置。
時代村の伝統的な花魁とは全然違う、幻想的な花魁道中(たしか地毛だったんじゃないかなぁ)

同期の演技もエネルギーが高くて、
実は以前登場した西田敏行の「写楽考」と、この「写楽」が記憶の中で曖昧に混ざってたりするのです。

不思議な感覚で、打ちのめされるのかなと思ったのが、逆にすっぱりと自分は自分のやり方を切り開こうと開き直って帰ったような気がします。
俺、本当にあの大学へ行けてよかったと思ってます、もう20年前のことだけど!
posted by 青山郁彦 at 23:51| Comment(0) | 観劇の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月10日

過去の観劇17 「熱血飛龍小学校パワード」


過去の観劇17 「熱血飛龍小学校パワード」

久しぶりの更新。
時代村に入社以降、仕事と修行に忙しく、また北海道登別という土地もあり、観劇という機会が少なくなりました。


そういえば、同期入社45人が一同に伊勢で研修を受けた時(われらの期だけ行われた研修だったようですが)、みんなで舟木一夫特別公演を観劇させてもらいました。今ではなじみの深いスタイルのお芝居で、内容は「高田馬場・のんべえ安兵衛」でした。題名は分かりませんが。それまでいわゆる座長芝居を否定する教育を受けていた学生が、初めて見る分かりやすくてちゃんと起承転結のあるお芝居に、面白いじゃん!!と偏見を一つ捨てた公演でもありました。

その後、北海道時代も休日を利用して札幌で知らない小劇場を見たり、インターネットの普及してない当時、パソコン通信のアサヒネットで東京の演劇の批評掲示板を読んだり、、、そしてそんなこともしなくなった頃

東京で祖父が亡くなったと朝、電話がありました。
でも「親の死に目に会えないのが役者」と心に決めてましたから、「休ませてください」なんて言えませんでした。
しかし、朝、寮を出発するときに先輩の杉浦さんが「どうしたの?なんかあった?」と声をかけてくださり、「実は。。。」と話すと、キャストのシフトはどうとでもなるからすぐに帰りなさいと言ってくれました。恥ずかしながら、僕はその場で泣いてしまいました。

東京へ行くと、通夜、葬式の支度は一通りすんだ状態で、母も叔母も親戚もみんなのんびりしてまして、「通夜に付き合う必要ないし、あんたはどっかゆっくりしてきなさい」とほおりだされました。
俺、仕事休んで帰ってきたのにどうしよう、、とふらふらと新宿へ。よし、芝居見よう!と、祖父のことは置いといて芝居観劇をしてました。それが「熱血飛龍小学校パワード」でした。

惑星ピスタチオ「熱闘!!飛龍小学校☆パワード」
@新宿・シアターアプル (1996/5/11-25 17ステージ(17S,24S追加公演)、
 大阪5/31-6/5)  全指定前売り当日4500
 作・演出:西田シャトナー 照明:大塚雅史
 出演:保村大和、平和堂ミラノ、佐々木蔵之助、腹筋善之助、遠坂百合子、 
 いちいりえ、福岡ゆみこ、末満健一、大庭新二

かつて演劇ぶっくで名前だけは知っていたピスタチオ。
あぁ、若者の演劇が力を持つ時代が来たんだと思った。
大きい劇場で、同年代にしかわからないようなマンガネタの連発。「パワーマイム」と呼ばれる演技法。本気なのか冗談なのか分からんが、とにかくすごい熱量と確かな技術。
圧倒的に影響されました。
一人何役!?という勢いのスイッチプレイ。
台詞とマイムだけで学校の校庭はくずれ、地下数千メートル?まで落下したり、パチンコという武器がとんでもない破壊力になったり、、、まさにハリウッド映画を見ているようなスケールでした。
今の僕の演技スタイルの根底には、あの日のピスタチオがいるのかもしれません。

19年も昔の話。当時天国へ旅立ったおじいちゃん、僕にこれを見せてくれたんだね。ありがとう。
posted by 青山郁彦 at 08:56| Comment(0) | 観劇の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月04日

過去の観劇 登別伊達時代村

過去の観劇  「登別伊達時代村」

日光江戸村に入社してほどなく、僕は北海道へ転勤となりました。
正直なところ、最終的には東京で活躍したいと思っていた僕は北海道へ行くのは気がのっていませんでした。
しかしそんな心を吹き飛ばす演目が登別の劇場で上演されてました。

五郎太、三郎次、白龍の三つ巴の戦いを描いた忍者からす屋敷。
片倉小十郎と岩見重太郎、そして花魁が舞台、映像を行き来しながら戦う遊郭劇場。

まずは遊郭の話から。
あの頃まだ、映像と舞台の融合って珍しかったと思う。その後USJのターミネーターを見て、懐かしい、この感じと思いました。
あの時の杉浦さんと保さんの殺陣がとても心に残ったのです。
忍者に変身する太夫ばかりでなく、人質になった新造の「私はいいんです!」という台詞もよかった(>_<)
一八もジャッキーコメディのような立ち回りをしてましたなぁ。


そしてからす屋敷であります。
まだあの頃は「テーマパークの芝居」と甘く見ていました。しかし五郎太の演目は、人の生き死にの熱いドラマがあり、裏切り、悲しみがあり、一発で大ファンになりました。
からくりを避けるときに、花道から舞台中央へ、文字幕を蹴るあげての高〜い那智明さんの飛び込み前転。
神保さんの「なぜ裏切ったんじゃぁ」安念さん「金じゃあ!」神保さん「バカヤロウ!」デシデシっ!と殴りと蹴り!!
ここしかない!ここで修行したい!!
数ヶ月の出張だった僕は、移動願いをだし、江戸村の上役さんから睨まれたものです(笑)

そしてこの山田演出の作品に出るには、江戸村グループにいるしかないということで、登別、江戸、伊勢と、7年も在籍させてもらい沢山勉強させていただきました。

五郎太の演目の僕の中のベスト配役は
五郎太・・・神保さん
三郎次・・・安念さん
白龍・・・・那智明さん
です!!
と書いても10人くらいしか伝わらないですかね〜。

冒頭の奥平隼太役でデビューさせていただきましたが、怒られてばっかりでした。
今でもあこがれの演目です!
posted by 青山郁彦 at 17:47| Comment(0) | 観劇の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする