2015年06月24日

過去の観劇6 大学編導入

過去の観劇6 大学編入

第一志望に見事合格し、青山郁彦東京へ出た18歳。
俳優座が前身の新劇の明校・桐朋学園短期大学部である。
因みに第2希望は唐組、第3希望は港関係の専門学校というバラバラな受験でした。唐組は、書類選考が通った時点で大学が受かったのでオーディションを辞退させていただきました。憧れの唐重郎と会えるチャンスだったのですが。。

で、せっかく演劇を勉強しに東京へ来たのだからと目標を立てました、
「年間100本観劇」
3日に一日バイトして、一日宿題して、一日観劇。何とかなるとタカをくくって挑みましたが、なかなかそうもいきません(笑)
それでも、1年目80越え、2年目も70近く見たんじゃないか。観劇ノートも処分してしまったので正確な数は分かりませんが。。


観劇に行くのも勉強だったが、同じくらいに刺激的だったのは、やはり学校の授業。
その中で、グループごとに毎週20分くらいだっけ?の作品を発表しなくてはいけないという授業がありまして、毎週「誰が本書く?」と太平洋だったんですが、授業がクラスをA,Bに分けて行うんですが、Aの中でも4班か5班あったので、毎週短編が3つ4つ見れたのです。2年間に換算したら凄い数ですよね。

各班、いや各個人それぞれに主張や個性があって、とても刺激的だった。
あの頃は作ることに必死だったけど、あの中で感性も沢山育ててもらったんだと思う。
数年前に久しぶりに同期とあったとき、覚えている作品はだいたいみんな共通してた。やっぱり凄い作品は凄いということだ。


1期上の先輩たちが演じた「ブンナよ木からおりてこい」を、一時期なぜかうちの部屋で一緒に住んでた2期上のビク先輩が青年座の演出家としてツアー公演をするって、なんかとても素敵な話である。

卒業公演は、ギリシャ悲劇をやりました◎
posted by 青山郁彦 at 09:38| Comment(0) | 観劇の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月21日

過去の観劇5 番外・演劇ぶっく

さて、大学時代に突入する前に、地方演劇学生にとって重要な情報源だった雑誌の話をしますね。


小劇場演劇と呼ばれる世界には、演劇ぶっくという雑誌があるのです。

当時はまだポケベルの時代(俺は持ってなかったけど)
携帯はおろか、パソコンがこんなに誰もが持つようになるなんて、少なくとも俺は思ってなかった。
芝居が観たいと思ったら、観劇してチラシを集めるか情報誌を買うというのが主な方法だったと思う。
ちなみにシアターガイドという雑誌もあるが、それが創刊されたのは高校の終わりか短大生になってからだったと思う。凄い雑誌ができた!と思った記憶がありますから。

で、世の中に打って出たいと思っている少年は、やはりこの世界の中心で行われている演劇というのが気になるわけです。

テレビや映画ではない、「演劇」という世界でつっぱってる人たちってどんな人なのか。どんな作品を生み出しているのか。
(当時、どっぷり舞台至上主義の教育に染まっていた俺は、舞台演劇こそ崇高なものでテレビや映画は芸術を捨てた人間が金のために働く労働の場と本気で考えていた!今考えたらびっくり!!)

初めて買った演劇ぶっくは、夢の遊眠社解散公演「ゼンダ城の虜」の特集がどーんと載っていた。
で、見たこともない聞いたこともない役者さん、女優さんの名前や写真、インタビューが沢山掲載。
全て憧れの対象となった。どうだ!テレビなんかよりも、こんなに凄い人たちが沢山いるんだぞ!
勿論、時はトレンディドラマが流行語となったあの時代。既にテレビで売り出していた俳優さんも沢山いたと思うが、ドラマなんてろくに見ない俺は知りもしない。
演劇ぶっくで知った名前の役者さんがドラマにでると、「お、やっと世間もこの役者さんの凄さに気がついたか。そうだ、もっと舞台の人もテレビ使って世に出たらいいんだ」なんて考えてた。バカだね〜。

この演劇ぶっくという雑誌のおかげで、一気に演劇業界というものの知識が広がる。
遊眠社、第三舞台、キャラメルボックス、善人会議、これっきりハイテンションシアター、ランニングシアターダッシュ、南河内万歳一座、唐組、万有引力、、なんだか不思議な魅力を持つ名前の集団が沢山そこに載っていた。

そして音楽のライブにでも行ってればそんなに驚かなかったかもしれないが、とても新鮮だったのが舞台写真の照明だ。
それまで、お芝居というのは自然光を再現したり、時により派手な色を付けたりとかその程度に考えていたのですが、あの頃の流行か、スモークたいて、天井からライトの線がビーーーーーっと伸びてる、バックサスのライトの線がビーーーーーと出てる、そんな写真を沢山みて、
か、か、か、かっこいいーーーーーー
と思ってた。
いったいどんな場面なんだ、これは!?と。

で、お芝居って真面目なものだと思っていたのですが
(宝塚北高演劇科は優秀な学校で、最初から「演劇≠ドラマ。演劇はプレイと訳すんですよ」と教えられているのに、俺は全然理解してなかったんですね〜。)
雑誌に載ってる舞台写真は、ほとんどがバカみたいな恰好して汗みどろになって目をぎらぎらさせてる大人たちで埋めつくされていた。なんだか分からない迫力なんです。
少なくとも、近所を歩いていてはお目にかかれない光景でした。


(これも大人になって考えれば、近所を歩いてるのはみんな日常の顔で、ひとたび会社へ出社すれば鬼の形相になって働いてるおじさんも沢山いるのだが、高校生の俺にはそんなものは全く見えていない(笑))


雑誌の後ろのほうに、公演のビデオの通販とかもあるのですが、、、
当時、ビデオってめちゃくちゃ高かったんです。普通の小劇場でも8000円とか普通にあったんじゃないかなぁ。俺が初めて買ったアニメのビデオ、テレビでやってたマシンロボの続編「レイナ剣狼伝説」も30分のアニメなのに結構な金額だったと思う。ってアニメかよ!
はい、舞台のビデオは結局購入しませんでした。「舞台は生で見るもの!」本音は「お金がない!」

そんなこんな色々ありまして、無事に受験に合格した俺は、親に仕送りしてもらいながら東京の演劇の大学へ進学するのでありました。
長文おつきあい、今日もありがとうございます。
なんか結構刺激的なことを書いてしまったなぁ、ドキドキ。
つづく
posted by 青山郁彦 at 16:57| Comment(0) | 観劇の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月20日

過去の観劇4

引き続き高校時代

新宿梁山泊「少女仮面からの呼び声」 伊丹アイホール
ラストシーンで大量のビー玉に衝撃。初めて見た唐作品。戯曲を読んでいたイメージと全然違ったので衝撃。

「ひげ女」? 南河内万歳一座とそとばこまちともうひとつ合同のテント芝居
初めて見たテント芝居。詩的なセリフに演劇感性がビリビリ刺激された。

「獅子を飼う」 新神戸オリエンタル劇場
学校の授業で連れて行ってもらった舞台の一つ。大理石のような漆黒の八百屋舞台。漂う緊張感にしびれました。

「CATS」 キャッツシアター
これも学校の授業。ミストフェリーズの真似してくるくる回る稽古しました。面白かった!

「ミュージカルSANADA」近鉄小劇場
光GENJIの二人が出演、タイムスリップものの真田十勇士。
初めて見たアクションものの舞台。the 家元の生演奏。やっぱりライブはいいなと。
後年知り合った作家さんが、まさかこの舞台のメイキングをしてたなんて。。縁は面白い◎

維新派 名前忘れました。南港。
劇場自体を組んでしまう超スケール。
入り口に豚汁やさんもあって、唐十郎の「観客はかどわかされたがっている群衆」という言葉が思い出された。そうだ、俺をいかがわしい世界へ連れて行ってくれ!
イントレを組んで作られる超スケールの舞台。マスゲームのように展開され、出演者は本当にちっちゃくしか見えない。驚いた。
後日、縁あって稽古場見学させていただいました。台本の書き方っていろいろあるんだなぁと。。

つまらない作品もいろいろありましたが、それは割愛。

他、歌舞伎に行ったり、京劇を見たり、宝塚も見たり、キャラメルボックスも見ましたが、どうも当時の俺は小劇場の作品が性に合っていたみたい。舞台って当日ふらっと言ってそのまま見れるものと思っていましたが、キャラメルボックスで初めてキャンセル待ちというものを知りました。(見れましたが)
でもこうしてあげてみると、そんなに小劇場ばかりでもないですね、印象に残ってる舞台。

そうだ!先輩と一緒に労演に入って、月に一回新劇も見たんだ。

木冬社「弟よ」 清水邦夫
作家演出家の清水邦夫さんのシンポジウム付き。お芝居なのに、劇中写真撮影の場面で長時間リアルにストップするという実験性の話を聞き衝撃。

「化粧」 井上ひさし作
とんでもない衝撃の一人芝居でした。旅芝居の女座長のお話。そんな世界があるんだ〜なんて思っていましたが、後年自分がその世界に飛び込むとは。。昨年、新演出で所作指導に沢先生も加わった作品を観劇。あの頃分からなかったセリフが沢山身に染みました。

木冬社「哄笑」 清水邦夫
労演で最初と最後に見たのが同じく清水邦夫の木冬社作品。これでどっぷりはまり、清水邦夫戯曲集を読み漁りました。  でも、全然理解できてなかった自信があります(^^;)


テレビの舞台中継
あの頃、テレビでもよく舞台やってたんですよね。

ダントツ一位はスティーブン・バーコフの「変身」 カフカ原作

超不思議演出で、めっちゃくちゃ衝撃を受けました。擦り切れるくらいビデオ見た。
後年、鳥獣戯画にホームステイ時、夕食時にそのDVDを見たときは衝撃!類は友を呼ぶんだ〜。

劇団鳥獣戯画 「雲に乗った阿国」
とても楽しげで、洪水の場面の青い布が印象的で。これも何回も見ました。
まさかその鳥獣戯画に自分も出演するなんて。。
お話いただいていたのにスケジュール合わず、今年の劇団40周年記念公演「雲に乗った阿国」に出れなかったのは本当に残念!

劇団新感線 お笑いのやつ
つっこみを身に着けるために灯篭を割るとか、最後は客席全体がつっこむとか、あぁ、演劇ってこんなに楽しいものもありなんだと思った作品。でも当時の俺は、小難しいやつが大好きでしたが。


徒然に思い出してみましたが、同じものを見た人もいるかしら。
小難しいものが好きではあれど、それを作り出す脳みそがどんなものか全く理解できなかった俺。
小難しいものを考える演出家や作家と出会った時に、その世界に関わることができる、何色にでもなれる絵具になろう。そう思い、私は東京の桐朋学園へ行くことにしたのでありました。
posted by 青山郁彦 at 20:22| Comment(0) | 観劇の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする